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日々草の唄

死ぬまで生きる日々のようす

展示の様子

先週の土曜日、現在絶賛展示中の「人・形」展の公募展(第1次審査合格作品展示)にお邪魔してまいりました!

搬入・搬出が仕事のため参加できず、おまかせしてしまっていたのでハラハラしていたのですが、すごく素敵に展示してくださっていました。

吸血姫は色白やから、黒がバックの方が映えるのでは…と演出してくださったり、1人1人の見せ方を考えてくださっているんですね。

ああ、ほんとうに感無量。。。

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☝︎スイコゾーン

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☝参加作家さまの作品郡

参加作家のみなさまの作品もじっくり拝見してまいりました。
こんな色んな表現の作品と一緒に自分の人形が一緒に時間を過ごしているってすごく不思議です。
不思議であり、嬉しいんですよね。

参加作家のみなさまとも、twitterでちょっと交流ができたりして、無頼派・はぐれ系と知人・オトモダチから言われてる身としてはなんだかありがたいですね。

上板橋が最寄駅なのですが、のどかな商店街が続いていて、とてもたのしかったです。
商店街中ほどにある、お肉屋さんが特によくって、ベーコンの串揚げを食べ歩きしたのですが、サクッと上がった衣とブリンッとしたベーコンの禁断の味でした。
黒毛和牛メンチカツを人形教室の差し入れにもっていったのですが、こちらもなかなか、きめ細かくギュッと詰まっていましておいしかったです。
今週末も、ちょっとお邪魔しようかと思っているのですが、何を食べようかずっと悩んでいます。
チーズはんぺんの揚げてるのが個人的に気になっています。

タイミングがよろしければ、ぜひ会いにいってみてください★

詳細☞人形の専門店ドルスバラード

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スイコ


人形展示のお知らせ

はい、いきなりですが人形展示のお知らせです。

◆「人・形」展の公募展 - 第1次審査合格作品展示◆
2016年5月14日(土)~29日(日)

ぼらん・どぉる様にて
営業時間:11時~18時。月曜・火曜定休。

場所について☞人形の専門店ドルスバラード

dolsballad.at.webry.info

 

自分が展示するのは、新作「吸血姫」です。

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「第1次審査合格作品展示」ということで、これが2次審査でもあるわけです。
きゃー。

個人的には、創作人形を長年手がけられている、ドルスバラードの方々に実物をご覧いただける機会が頂戴でき、さらにスタッフのいるギャラリースペースで一般公開していただけ、素敵な作家さま方の人形と一緒に自分の作品が展示されるいう在り難い機会…!!

もうこの時点で、感無量!大っっっ満足しております!

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☝︎先日、野外撮影した写真。全身の図。

 

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こんな表情もするよ!

 

「吸血姫」、とても気に入っている人形なので、ご都合よろしければ、ぜひ実物に会っていただけますと幸いです。

スイコ

人形の野外撮影に行きました

ひぇ~、5月です。

先日、写真家の田中流さんと人形の野外撮影に行ってきました。
人形3体を担いでいきまして、人形にばかり気をとられていて、自分のばかちょんカメラを持っていくのをすっかり忘れまして、自分はiPhoneでぱしゃぱしゃ撮ってました。

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☝︎緑の中の「花妖」

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☝︎こっちもお気に入り。


いや~。人形の写真撮るの好きですなぁ。

写真が好きといえば、自分には写真狂いの叔母がおりまして、小学校3・4年までは叔母のモデルをよくしておりました。
なんか、白いワンピースきて菜の花畑に転がったりして。
小さいから唐草模様の風呂敷に巻かれたりとかね。

すっかり忘れていて、今、この瞬間思い出したんですけど、小学校高学年から中学生のころまでは、叔母からもらったコンパクトなフィルムカメラでめちゃくちゃ色んなものを撮っていたんですよね。
んで、撮ったものを切り抜いたりしてコラージュ(?)したりして遊んでおりました!

人形の写真撮るのほんと楽しいな~!!!!!てことを書きたかったんですが、自分、昔っから写真撮るの楽しんでたんですね。
なんだぁ~、自分ってあんまり変わらないものなんですね。

流さんは、お人形の写真をよく撮られており、色んな人形作家さんの人形を撮っていらっしゃるので、ビクビクしておりましたが、なんだか楽しそうに撮影してくださってほっこりしました。

人形は、撮る人によって表情や雰囲気がかなり違って、その人に彼女・彼(人形)らがどのように映っているのかがなんとなく伝わってきて、人形写真を見るのも面白いな~と思います。

自分もお気に入りの写真が撮れたのでよかった!

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☝︎偶然にも✟!

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☝︎野外ではこういうのが撮れるから楽しい!


スイコ

9体目の人形「吸血姫」の完成

4月がもうすぐ終わってしまいますね。

先日、9体目の人形が完成いたしました。

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作品名:吸血姫
大きさ:51cm
素材:石塑粘土、サーフェイサー、アクリル絵の具、パステル、ウィッグ
制作期間:2015年12月~2016年4月

作品名からも分かるように、ヴァンパイアの種族の方です。
定番といえば定番なんですが、作ってみたかったのです。

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うら若き少女の姿で何世紀も生きているうちに、残忍で冷酷になっていった彼女。
長年生きる屍として過ごした肉体には衰えが見え始め、髪は灰がかり、青白い血管が白い肌から透ける。
自ら胸に逆十字を刻み、静かに狂っていく…
というような感じですかね★

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初の試みとして、3体目以降、マットな肌にこだわっていて、今回もマットな肌仕上げなのですが、実物をよーく見て分かるぐらいのこまかい粒粒で、最終的に表面をコーティングしています。
あと、写真ではなかなか分らないのですが、これでもか!というくらい血管を描いて、それが自然な病的(なんていう矛盾した表現!)になるようにしてて、とても楽しかったです。

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非道で不埒で淫蕩にと、手塩をかけて育てた(?)おかげで、色んな表情をしてくれる人になったかなぁと思います。
たまに、すごく幼くて甘い顔をしているように見えるのは、自分の妄想のせいなのか定かではありませんが…

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やはり、人形は実物に会っていただくのが1番なのね~と思うので、この人をお披露目する機会ができればよいのですが…


スイコ

自分の思う「幸せ」

雑記。
テーマは超個人的な「幸せ」について。

なぜ人は幸せになりたがるのだろうとたまに思っていて、そういえば、けっこう前にも考えたことあったなぁと思ってつらつらと書いてみます。

ある人は自分の生き方を考えながら「そうしていければ、幸せに近づけるような気がする」と言っていて、ある人は自分とは違う生活の様相を眺め「幸せなんだろうか」とつぶやいておりました。

前者は現時点での自分を幸せではないと認識している点が、後者は現時点での自分の幸せを十分に認識している上でそれ以外の在り方の幸せについて想像できてない点が印象的でした。

「幸」も「不幸」も
「喜び」も「悲しみ」も
「快感」も「苦悩」も
どんな感覚も、感情も、100%分かることはできないし、むしろ全く分らないことを前提に寄り添うことが自分の基本姿勢なのです。
しかし、ある程度親しかったりすると、少しは分かり合ってるようなところもあるので、気を許してる際にふと出現した相手の自分との違いが、改めて自分の理解を深めるようになることってありまして。


「幸せ」とは何ぞや。
というと自分は、割と意味もなく「自分って、まぁそこそこ幸せやおなぁと思ってるタイプなんやなぁ~」としみじみと思いました。

「衣食住とかのある程度のライフラインが保障されてさえいれば、ある程度どこにいても幸せなんではなかろうか」とも。

自分の「幸せ」の理由がぼやや~んとしており、「○○だから(があるから)幸せ!」みたいな理由がない分、「○○だから(がないから)不幸!」という事象がおきないのでは?という仮説と、ある時期約1年半ほど、個人スペースがほぼ全くない生活をしていたけれど、何も気にならなかったという実体験から感じたことなんですけどね。

まぁ、何が理由で死ぬかは分らないとして、その死ぬときまで生きる上での不安要素はありますが…。それは、金銭的なことであったり(これは確実に「貧困」の二文字につきるので)、己の健康状態であったりと予測不能なことはありますからね。


**

どうなんでしょう。
今、自分が人生で1番「幸せ」だったろうと思いだすのは2012年~2014年の2年間でしょうか。
でも、あの時、すごく情緒不安定で、大変だったんですけど。
過去は、なんとなくいいように思えてくるものなんですかね。

いや、なんだかんだで、2015年も2016年も幸せだったなぁとか思い出すのかもしれません。
てゆうか、むしろ、2015年と2016年現在まで、既にめちゃ幸せでしたなぁ~といった感覚ですね。
単純…!!

 

幸せなときは、その一瞬一瞬が嬉しくて寂しくなる、ような気がする。
ほろほろと煌めきながら、ゆびの間からこぼれていく。
誰かがいれくれるおかげで、自分には必要以上な幸せを感じるときは特に。

それはその人がいてくれたからで、その人がいなくなったら生じない幸せなのかも知れないけれど、自分は記憶の中で、繰り返し繰り返しその一瞬一瞬をまぶしそうに再生するでしょう。
(現在も、2012年のささいなことや楽しかったことを再生するし、その期間に限らず、気に入ってる記憶はよく再生しているので)
第一、その人がいなくなったからといって、消失感が生じることは確かだけれど、不幸ではないのだから。

きっとそのとき、自分にあるのは、孤独や不安。
ただ、孤独や不安であるからといって、不幸とは思えないのは何故なのだろう。


スイコ

 

◆追記
自分は書いたことを下書きで寝かす期間が長い。
たまたま、この雑記を投稿するにあたって、上記も、表現を書き直した箇所が多々ある。
ただ、最後の問いに対して、現在の答えが出たので、書き加える。

 

出会えて、一緒に過ごせた過去があるだけで、もう幸せなんだろう。

孤独や不安は、自己防衛や自己愛から生じるもので、それはあの幸せの有無とは関係ないものだから。
孤独や不安は、ある意味、人の行動の大きな原動力となるから、それを感じることは決して悪いことばかりではない。

とくに自分のような人間は、ちょっとくらい孤独な方がちょうどいいような気がする。

 

スイコ