日々草の唄

死ぬまで生きる日々のようす

あけおめことよろ2016

遅ればせながら明けましておめでとうございます。

2016年になりましたね~
昨年11月に3年半ぶりに、予定外に実家に帰省したら、実家の自分の部屋である(あった?)場所のカレンダーは2008年3月で、時が止まっておりました。
なんだか、大学の受験日だの、合格発表日だのがメモされておりましたよ。
他人の人生を見ているような気持ちになりながら、扉を閉じました。

つまり、時の流れは止まることなく過ぎていくのみというのを実感しながらも、2015年1月31日~2016年1月4日は、生物としての食事と睡眠以外のほぼ全ての時間を人形制作しておりました。

こうまとまって作業すると、(1体目と比べて)ここまで作業ペースが速くなったのか!と驚きますね。
仕上げ段階で時間がまとまって欲しい作業を、計画的に用意していたので、そりゃあ、それなりにスムーズに行くとしても、今後に予定してた作業も繰り越して進めることができました。

割と普段の休日も、食事と睡眠以外のほぼ全ての時間を人形制作にあててるといっても過言でない生活なのですが、丸5日間、ほぼ部屋の中で(隣のコンビニ以外で外出したのは1月2日のみ)過ごし、テレビも無く、PCも無く、かろうじてスマホでついったとたんぶらを眺めるのみの外部刺激環境。

集中してると時間が止まっているように感じるときがあるでしょう?
今回特に集中していて、5日間過ぎたのが嘘のようでした。
でも、進んだ作業工程を見ると嘘でないのは理解できるのですが。。。

1月5日の会社勤務始めで、ようやく新年の到来というか、時間の経過を感じております。


昨年末最後のブログを更新した数日後、ちょっと、かなり久々に号泣しました。
普段、諦めてというかやり過ごしている、痛みや不安や絶望がいっきにぶわぁ~て広がってきて、何をしてても涙が流れ落ちるような事態に。
もうだめかも…て思ったけれでも、4年前くらい前の自分は、この痛みと絶望にいつも苛まれて、頻繁に涙が止まらなかったし、歩くのも苦痛なほど憂鬱でしたから、涙流しながら電車に乗って、会社に行った昨年末の自分は、以前よりずっと落ち着いてるのかも。


その後、忘年会の連続とひきこもり人形制作で、いい具合に脳内麻酔が効いてきたので、片隅にいつも痛みと絶望の存在を感じつつも、のほほんと生活しております。


自分の場合、人形制作は生きてく上での「麻酔」なのでしょう。
この麻酔があるおかげで、なんとか最低限の「日常生活」をこなし、なんとか会社勤務ができているというか。
この麻酔がなかったら、色んな意味で「ここ」から消えていたでしょう。
(生きていたら、それはそれで、別の麻酔を見つけて、別の痛みと絶望を抱えてはいるのでしょうが。)


だから、自分の人形に「芸術性」とか、自分は求めてなくてですね。
心が攫われるような、見透かされるような人形を作りたいな、と思っているのですが、それは、自分の心が攫われたり、自分の絶望を見透かしてほしいと思ってるから。

ああ、自分は何に対して、こんな理屈を新年から捏ね繰り回しているか分りません。
とっとと世界なんて滅亡すればいいのに!と願いつつ、でも、滅亡しそうにないので今年の目標なんぞをのたまってみましょうか。

今年の目標はめんどくさがらないこと。

めんどくさいな~と放置しておくと、どんどん雪だるま式にめんどくさくなっていきますからね。。。
もうある程度は色んな雪だるまになっているような気もしないではないですが。

 

…よ~し、人形つくるぞ★

 

スイコ